質問 いくらかでも電気が使える人は、世界にどれくらいいるでしょう?
A 20%
B 50%
C 80%
この本には、こういった世界に関する質問が12問出題されている。すべて3択の問題だ。他にはたとえばこういった質問がある。
質問 世界中の1歳児のなかで、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどれくらいいるでしょう?
A 20%
B 50%
C 80%
同じ問題をチンパンジーに読み上げて、それぞれにA、B、Cと書いた3つのバナナから1つを選ばせたとしたら、彼の正解率はランダムに近い33%ほどになるだろう。
筆者が何千もの人々に質問してきて、12問の正解率は平均で2問。割合にして16.7%で、チンパンジーの選択=あてずっぽうの成績の半分以下だったという。
先の2つの質問は、どちらもCが正解だ。単純に知識を問うだけであるこれらの質問が多くの人々に偶然以上の割合で間違われるのはなぜなのか。私たちの大勢が”思い込み”をしているのだ。
あなたは、次のような先入観を持っていないだろうか。
「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちは一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏人になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう」
本書では、その思い込みの原因がどこからきているのかが紐解かれていく。それは「間違った情報を植えつけられているから」や「ずっと昔に学んだ古い情報のことが更新されていないから」でもある。
だがそれ以上に、人間の本能とも言うべき思考の特性が原因なのだという。人間は「ドラマチックすぎる世界の見方」をしてしまう。そして、そうではない「事実に基づく世界の見方」をする習慣=ファクトフルネス(FACTFULLNESS)を身につけるべきだというのである。
私が最も反省したのは「先進国」と「途上国」という分類についての話だ。著者のハンスは、学生への講義の中で熱帯雨林にある部族社会について話した際の、学生からの反応を例にあげている。
「ドキュメンタリー番組で見かける、原始的な暮らしをしている人たちは、世界のほかの誰よりも生き延びるのに必死なんだ。どれだけがんばっても、半分の子供は亡くなってしまう。だが幸運なことに、そのような暮らしを強いられている人たちは年々減ってきている」
最前列の若い学生が手を上げて、怪訝そうに首をかしげてこう言った。
「あの人たちはいつまで経っても、わたしたちのような暮らしをすることはないと思います。」
私たちもまた「あの人たち」に近い言葉を持っていて使っているのではないだろうか。ハンスは続ける。「あの人たち」とはどの人たちのことなのか。西洋諸国以外?日本も違う?マレーシアは?メキシコは?中国は?インドは?どこまでが「わたしたち」で、どこからが「あの人たち」なのか。
指標の例として女性ひとりあたりの子供の数と乳幼児生存率が上げられている。その指標でみると、たしかにそのような分類が成立していた時代があった。1965年の世界である。そこではたしかに世界は2つのグループにわけることができた。「先進国」と「途上国」である。前者はアメリカやヨーロッパを含む44ヶ国で、女性ひとりあたり子供3.5人以下、乳幼児生存率が90%を超えている。後者はインドや中国を含む125ヶ国であり、女性ひとりあたり子供5人以上、乳幼児生存率が70%や80%がざらにある。
だが、いまや世界の姿は激変している。世界の全人口の85%が、以前「先進国」と呼ばれていた枠の中に入っており、当時「途上国」と呼ばれた枠の中に入るのは全人口の6%、13ヶ国でしかないという。
もはや世界は、わかりやすく「あちら側」と「こちら側」に分断できる姿をしていない。地続きであり、私たちが抱いているイメージよりも遥かに人々の生活レベルは近づいており、逆転している。
にも関わらず、私たちはそれに変わる言葉を持たないでいる。そして私たちの硬直した言葉は、それ自体が傲慢であり思い上がりであるかもしれないのだ。著者のハンスは、2013年にアフリカ連合が主催した「アフリカの再生と2063年の目標」という会議で、アフリカ中から集まった500人の女性リーダーを前にして講演する機会があった。ハンスはそこで、アフリカから極度の貧困が無くなるのに20年もかからないと述べ、希望に満ちたアフリカのビジョンを語った、と思っていた。
だが、委員会のズマ委員長にこう言われたのだという。
「講演の結びで、先生はご自分のお孫さんがアフリカに観光に来て、これから建設予定の新幹線に乗る日を夢見てるっておっしゃいましたよね。そんなのがビジョンだなんて言えます?古臭いヨーロッパ人の考えそうなことですよ。」彼女はわたしの目をまっすぐに見た。
「じゃあ、わたしの夢を言ってさしあげましょうか?それは、わたしの孫がヨーロッパに観光に行って、そちらの新幹線に乗ることですよ。」
(中略)
ここいちばんの講演をしたつもりが、自分が相も変わらず上から目線の考え方にとらわれていたことに気づかされた。これまでアフリカの友人や仲間たちからたくさんのことを教わってきたはずなのに、「あの人たち」が「わたしたち」に追いつける日がくるとは、まだ心から思えていなかったのだ。
この書では、私たちの思い込みを助長する思考の特性を10の本能として分類している。私たちにとって乗り越えていくべき偏見の分類である。
「事実に基づく」とは、データに基づいてというだけではなく、自分自身の偏見の形を知ることであり、無自覚な判断とその依拠に自覚的になることなのだ。
世界はいつでもめまぐるしく移り変わってきた。そして私たちはそのことを知る機会も方法も増えている。
ファクトフルネスとは、現在の世界に対する私たちのあるべき態度であり新しい教養なのかもしれない。
FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
- 作者: ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド,上杉周作,関美和
- 出版社/メーカー: 日経BP
- 発売日: 2019/01/11
- メディア: 単行本