小説には書けないあれこれ

小説家・蓮華のブログです。触れた作品や文学・小説・音楽・アートなどについて考えたことを書いていきます。

短編小説『天上の花、地上の月』の無料公開ページ(期間限定)

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『天上の花、地上の月』

 

 花盛りの夏夜にからりころりと下駄を鳴らして縁日へと出かけ、声をかけてきた歳の離れた男に手をひかれて神社の裏手の湿った土の上で身篭ったものを、自分の笠いっぱいに開いていた花がこれで萎むのではないかと堕ろしてしまった、それからは乳房の先がぴんと勃つ母になりかけた身体つきと相手の形貌にあわせて吸いつく蜜壺が男たちの心を惑わせていったもので、薬を使うようになったために男の欲望を生生と受け容れながら、出せども出せども行き届かない征服できないと思い知らせてこの女を組み敷いていると信じたがる男たちを益々にのめりこませ溺れさせていった、それも女からすれば水の道に流れたわけでもない奔放に夜の街を彷徨うでもないただ見染めた男に抱かれる一度一度を重ねてきただけがいつの間にか桁の違う数になり、肌の張りは少女のようでいながらしなだれかかる所作はますますに艶めいて、抱かれきらず、喪ったと思わせるなにかがあり、そのなにかを感じとるころにはもう手遅れとなっているものか、あるときには高所を渡る鳶の男が華奢なからだをあずけてくる女の沼に嵌まりもしたが、それは磨きあげられた体躯とともに鋭敏さを持ちあわせた男で、朝焼けよりも早くに目を覚ますと今日は小雨だろうと予感しつつも誰よりも早く現場におもむいて、まだ寝ている人々の知らぬ間に形をなしていく仕掛かりの建物を親ごころとともに見上げながら、自分のような若造が知る程度の歳月でも建てられるビルの高さは日々着々とのびていくものだと思い入ったもの、高所に身をさらして風に嬲られながら飄々と天上にむかって塔を築いていくことに際限はなく、見下ろせば自分の足元から真下へとまっすぐにむかって伸びる長い道の先へと、遠く遠く、小さく小さく、その深さに魅入られるような気がするほどで、顔をそむけると親方と目が合い、人間の命は手を滑らせてトマトを落とすようにカンタンなもんだと言う、百メートルを超える高所にタワークレーンでひきあげた数十トンの鉄骨を受け取るというよりも導いて鉄柱と鉄柱とのあいだに梁を架けていく自分たちのことを小枝をつたう虫のようにも想像しながら、酒の席で親方がこの仕事は地図を作るよりも地を均していく類いのものだと言いこんな都会にいても晴耕雨読だとわらうのを聞いてその土草の匂いを鼻先に嗅いだ気がしたもので、最近は雨でも休ませてもらえんと年寄りたちは悪態をつき、若い衆はなんね親方そのなんたらはと能天気でいるが、皆がたしかに土を鋤いているのに違いはなく、ビル建物が無数に育っていく街は雨が降った後にそっと芽をのばすひとつひとつの植物が集まって森を作っていくようで、自分たちは雨のしずくよりも静かにそこらあたりに染み入っている、ちいさなひとり一人が朝の日が昇るとともに吸いあげられるようにまた建物へと登っては夕陽とともに下がり引いていく、その繰り返しが繰り返していく日々に、女を最初に見かけたのは風が強い日のこと、小休止に下界へと降りた折、現場の目の前の歩道に立ちつくしたまま遥か天上を仰ぎ見ている者があり、綺麗どころと見れば声をかけないではいられない若い者が近寄って、これらいま立てとるんよ、でっかいジャングルジムみたいやろうと声をかけてみた、しかし流し見た程度で相手をするわけでもなく、架設した足場の上空を見上げたままでいて、その視線におもわず釣られながらもあれやこれやと声をかけ続けるのに何ひとつ返事しないでいる、終いには若い者も心を折られたかそんなに珍しいかねとしぶしぶと引き上げたが、けれどそんなことはまったく気にかける様子もなくしばらく立ち止まったままの女が見上げていたのは何なのか視線の先は知れないでいたもので、幾日か経ったある日に足場の上から小休止に何とはなく下界を見下ろすと道にこちらを見上げている者がおり、ああ、あの女かとピンとは来ながらやはりその視線の行き先には見当がつかないままに見送ったが、家路についてからはてあの女が見ていたものはとふと思い出した、男自身が最初に鳶のなす仕事を見た折に、自分の背丈を遥かに超えた鉄骨一つ一つを流れるように組み上げていく男達のその動きに神事を連想したこと、それはたしかに興行かもしれず、花形とされた大昔はおろかこの時代に流れついた自分さえもふくめて、鳶たちそれぞれが血よりも濃いものを脈々と繋げていっているといつからか考えるようになり、足袋を履き余裕のある七分を履き襟をたてた長袖シャツと手甲を通す一連の着替えを儀式だと思うようになったが、鳶装束はゴト着と呼ばれながら御伽という字があてられることがあると聞いてああやはり神仏の寝床を組みあげるのかと腑に落ちた、以来、着替えの際にはひとつ祈りを交えるようになり、彫り物をいれるときも花は落ちるから縁起が悪いと言われて迷わず榊の葉をえらんだもので、椿にも似ているというその花の言葉は揺るがないということでありながらそれは地上に根を張るものに限ったことなのか、天上での風は吹くというよりも押し通るというに近く、煽られた鉄骨の重さ勢いは人をその存在ごとかるがると飛ばすであろうために、空へとあがれば周囲のあらゆる物の重さその均衡その動き足元から伝う振動ひとつひとつをとりこぼさない蜘蛛のように研ぎ澄まされて、それは日によっては鈍くなりくぐもってしまうこともあったがまた日によってはどこか霊力を帯びているようでもある、神経は張り詰めて、時間はゆるみ、半歩だけ未来を観ているような感覚で、つまりはいまこの瞬間がすでに過去であり、物の動きとは左にふれた振り子の次を知っているように単純でただそれがあちらこちらになったにすぎない、流れるようにビルの欠片ひとつひとつが刻一刻と無駄もなく骨づくられていき、ひときわ近い太陽と自分のあいだを雲がよぎるたびに一喜一憂しながら、空の只中で事に仕えている、粘ついていた汗が水のように変わって身体が軽くなるのを合図に塩飴を口にふくんでは、休憩のたびに汗だくの上着を水道で洗い、しぼり、天日に干し、次の休憩でまた着替える、その繰り返しのなかに女を見かけた三度目は地上に降りていたときのこと、女こそいまから天上へと上がるように見え、ご安全にと声をかけた、するとこちらをふりむいてきょとんとしたあとににっこりと笑みをむけて、ごていねいに、と首をかしげてから、とんびというんですよね?、空を渡っているようですよねと自分に見えていたものに共感をもとめるかのようにふっと微笑んだものだったが、はじめて抱く際にもその表情で自分の張った腕に浮きたった血管をなぞってくる絶妙で行き過ぎない女のこなれ具合に一気に色めきだち、上への愛撫もそこそこに両の足首を掴み開いて、処理されて少女のように剥き出しになった小さな頭に自分の肥大化した幹の裏をその重みに任せてあてがいながら、ゆっくりとやさしく往復してこすってから沼のように溶けてあふれるぬめりにようやくと嵌まりこむと、やわらかく分厚い肉壁に埋もれるその感触にこちらの吐息がおもわず漏れたもので、そのかたちとかたちとがぴったりと取り込み合うのを待ってから潜りこんだ頭を引くときにヒダが逆撫でするのがたまらなくて、奥へと逃げ込み、脇腹から細い胴体をつかんで当たっている箇所のさらに奥へと下腹部の先の内臓を圧するようにゆっくりと腰をつかえば息が押し漏れてくるのとおなじリズムで徐々に限界が溜まっていくもの、腰をぴたりと止め、波が引き鎮まるのを待とうとするのに女はほほえんできて、後ろにまわり四つん這いにさせると軟らかく背をぐっと反らせた腰から豊かにあふれるその合間に滑りこませ、鷲掴みにした両の肉を押し広げきゅっと強く閉じた丸見えの萎みを唾液をたっぷりにふくませた親指でなでてやりながら、ぶらさがった瓜をノックするたびに自分の先にも痺れが走ってきて、片手で髪を巻き掴んで引きながら溜めこんだ愛液が自然に洩れあふれてくる、これだけの量があれば掛けもれることはない白く濁らせきったはずだと幾日も幾日も抱くたびに出し尽くして注ぐ腹のなかはたっぷりと満たされて浸かっている、はずなのにすべて死滅して排出されていくことを最初は内心安堵しながら、すでに誰かにマーキングされた土の湿り気とにおいを感じさせるのか、次第に征服感はたち消えて歯がゆさが残るようになっていったものを、女はそれでいてしばらくもしないうちに部屋に居つくようになり男が帰ると仕事着が洗われてあるのが常になったもので、日の長い夕方に洗面所で洗濯機の中にからんころんとネジの音がするのを聞きながら自分の帰りを待っているものかと想像もし、嵐の日には何があってもいけないと男が泊まり込みで帰ってこないのをまるで砂場につくった城が心配で雨のなかを長靴カッパでむかう子供のようだと言ってもいた、昼間歩いていてもあれは自分が建てたのだと何気なく教えた変哲のないビルを通りかかるたびに自然と男のことを思い出すのだと言い、細い鉄骨の梁を歩きわたりバール一本で巨大な塔を築く鳶たちのことを空を渡る者たちだと言って微笑むのがくすぐったくもあったものだったが、ある日に、元請けの建築会社の意向で足袋が禁止となったことで男たちは鉄板のはいった安全靴に履き替えさせられ、はじめての日にはその重さに足首から先が切り取られた心地がしたもので、これは事故をする者が出ると訴えるが聞き入れられるはずもない、しかたなく自分が率先して作業に入るが高所で一歩すすめば鉄の玉が巻きつけられたかのように自分の足を外へ外へと引っ張られているようで、鳶にとっての足裏は獣にとって大地を掴むための後ろ脚であり爪であり、熟練の鳶は足の裏にも目がついているというが本当に目隠しをされたかのように物の動きがわからなくなった、他の仲間を見ると皆がなにか重力の向きが変わったかとでもいうように足元に何度も目を向けて片方ひとつの羽を捥がれたように傾きながら片足ひとつをあげる、そんな仲間の姿をみて身の毛がよだち心底足が竦んだ、あれほど地上が恋しかったことはないと事も無く済んだ日の食卓で安堵とともに笑みをもらすと、話を聞いていた女が箸の手をとめていて浮かない顔で押し黙っているので、心配することはない、時間が経ってそれぞれに慣れてきたのか最後の方にはいつもの通り軽口を叩きあっていたのだと補うが、表情を曇らせたままでその後はほとんど食べ物に口をつけることはなかったその夜に灯りを落とすと何も言わずに脚を絡みつけて肌を撫ぜてくる、その機微を感じとって念入りに抱いたのに乱れて、それはこれが今生の目合いだと言わないばかりで、ひとしきりが終わったあとの毛布のなかで男の気が冷めやらないうちにまた神妙な顔をして、本当に、注意してほしい、と言われたことが手形を押されたように心にくっきりと残った、それは最初は、単に身を案じてくれているのだと受け取って自分の帰る居場所を見つけたような心持ちになっていたほどのものだったが、毎日、毎日、帰るたびに、今日は大丈夫だったかと尋ねてくるようになり、しかもそれがただ単に毎日であるだけではなく、言い方を変えては、今日は大丈夫だったか、変わったことはなかったか、なにか不思議なことはなかったか、違和感はなかったか、今日は大丈夫だったか、そう言えば何もなかったか、今日は大丈夫だったか、とそう尋ね続けてくるのが次第には、あるに違いない、あってほしいとでも言いたそうに聞こえてきて、不安にさせるつもりはなかったのに悪いことをしたがそれほど心配をするようなことではないのだとわらいかけてみるがそれでも止むことはなく、なにか気になることがあるのかと聞いてみるが答えない、その問答の繰り返しにもいささか嫌気がさしてきたある日の折のまたの問いに、一体なにをそんなに恐れているのかまるで俺に何かなければ気が済まないというようではないかと強い口調で問いただしたところ、言うべきか言わぬべきかを迷うような素振りを見せてきてはじめは頑として首を横にしか振らなかったものの終いには困惑した表情をしながら、自分には良くないこと災いを引き寄せる性質があるのだと言う、その意味が判然と理解しかねて不機嫌な顔つきのままで聞き返してみれば、いわく、自分は不幸を呼び寄せる者であり、自分以外のまわりの人間に災難がふりかかるのだという、なにが憑いているのか禍禍しい星のもとに生まれたのかはわからないが関わる端から男に良くないことが起こり、一人、また一人、とこれまでに喪ってきたのだと言うので、うしなってきたとはどういうことかと訊けばそのとおりの意味だと答え、どれくらいの数か、十か、二十かと問うていくうちには思いもしていなかったが三十、四十と増えるのにも首を横に振るもので、はてと思い、だが、五十、六十となっても変わらない、これは数える向きを間違えたものかと思うのだが、七十、八十、と聞いても首を振りつづけ、九十を超えてどうも二桁ではきかないという、その数に内心驚きそのうちのどれくらいの数と関係をもったのかと聞きたい気持ちを抑えてたとえばどんな男がいたのかと訊ねてみたのに曰く、

…(後略) 


 

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天上の花、地上の月 (民明書房)

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  • 作者: 蓮華
  • 出版社/メーカー: 民明書房
  • 発売日: 2019/07/27
  • メディア: Kindle
 

 

読んでいただき、ありがとうございました。

 


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