いま、手元に五ドルあります。二時間でできるだけ増やせと言われたら、みなさんはどうしますか?
スタンフォード大学で筆者が学生に出した課題である。4日間のうちに策を練って実行することと、5ドル入りの封筒を開けてから2時間以内に増やすことがルールであり、翌週に1チーム3分間でそれぞれの内容と結果を皆に発表した。
わたしたちは、普段、さまざまなことを知らないうちに制約として考えている。この場合に一番の制約になるのは5ドルしかないというかもしれない。学生たちが出したアイデアの中には、5ドルで道具を買い揃えて「洗車サービスをする」「レモネードを売る」というありきたりなものもあり、実行したチームは成績はよくなかった。
大金を稼いだチームはどれもが元手の5ドルにはまったく手をつけなかったという。「レストランで並び待ちをしている客にあらかじめ予約しておいた席を売る」「学生会館の前で自転車のタイヤの空気圧を無料で調べるサービスをし、必要なら無料で空気を入れてあげてお礼をもらう」など。
一番資金を稼いだのは「スタンフォードの学生を採用したいと考えている企業にスポンサーになってもらい、その企業のコマーシャルを製作して発表の3分間で上映する」という方法で、650ドルを稼いだ。
この本には、課題に限らずそういったアイデアの事例が豊富に紹介されている。だが、決して暗記すべきアイデア集ということではなくて、事例を読んでいくうちに、自分の頭を塞いでいた硬い石のようなものが、一つ、また一つと取り去られていくような、そんな本だ。
新しいアイデアが、それほど難しいことではないのだと思えるようになる。発想を蓋しているものが取り払われていき、実は、アイデアなんて無限にあるのだということに気がつく。
一方で、自分には実行できないと思うものもたくさん出てくるだろう。それは、自分とは状況が違ったり自分の能力では無理という場合もあるかもしれないが、大抵の場合は「そんな方法を実行するのは恥ずかしい」「もっと楽な方法があるはずだからそんな面倒なことはしたくない」ではないだろうか。学生の彼らができたのは、課題=ゲームでありどんな方法をとっても良いという大義名分が与えられているから実際に実行できたのだ、と。
たしかに、突飛に見えるアイデアや実行するのに気恥ずかしいアイデアを実際に試してみるというのは、勇気よりも情熱が必要なように一見みえる。人が「そこまでしなくてもいい」と考えるのはつまり自分にとって「そこまでする価値はない」ということなのだ、と。
だがこの本は、実はそれが逆であることを教えてくれる本だ。
これまでの章のタイトルはすべて「あなた自身に許可を与える」としてもよかったのです。わたしが伝えたかったのは、常識を疑う許可、世の中を新鮮な目で見る許可、実験する許可、失敗する許可、自分自身で進路を描く許可、そして自分自身の限界を試す許可を、あなた自身に与えてください、ということなのですから。
じつはこれこそ、わたしが二十歳のとき、あるいは三十、四十のときにしっていたかったことでもあり、五十歳のいまも、たえず思い出さなくてはいけないことなのです。
アイデアの実行は、実験であり、それ自体でも楽しいものだということまで考えさせてくれる。お金を稼ぐための方法ではなく、創作でも、仕事でも、日々の小さなことでもいい、あらゆる場面で私たちはもっと自由になっていいのだと思い出させてくれる。
読み終わると、頭のどこかに溜まっていたガスが抜けたような気になる。
ストレッチした後のように、なんだかさっきまでよりもすこし身体が軽くて自由に動かせるような気がする。
気づけば蜘蛛の巣が張っているのを定期的に掃除するように、時折に読み返す本として手元に置いておきたい。
20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義
- 作者: ティナ・シーリグ,Tina Seelig,高遠裕子
- 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
- 発売日: 2010/03/10
- メディア: ハードカバー